ヤツが現れたのならビールを飲んで落ち着こう

引っ越し先の和室にソファが合うのかどうか疑問だったが、処分するのも面倒なのでそのまま持ち込んでみた。意外と悪くない。

引っ越しからは約一週間が過ぎた。

一仕事を終えた今夜はソファで寛ぎながらスマートフォンでパズドラをプレイしていた。ゲームをする時間的余裕があるのは有難いことであるが、スタミナが切れるまでプレイしても大したスコアが出せない。私が上位10%に食い込むのは無理なのだろうか。

自分の腕前に自信を無くしながら顔を上げると、小さな黒い生き物が壁を沿って此方へと歩みを進めている様が視界の端に映った。

ヤツである。

ヤツ

ヤツとは一体何か。ヤツはヤツである。アレとかアイツと称されることもある。これだけ書けば全人類がその形容を脳裏に浮かべることが可能だろう。

今回現れたのはヤツの幼体である。皆が脳裏に浮かべたと思われるヤツに比べると、幾分可愛げがあるヤツだ。

ヤツは触覚をクルクルと回しながらマイペースに壁を這っていたのだが、私の存在に気付いたのか、Uターンして来た道を戻り始めた。しかし、相変わらずその足取りには焦りが感じられない。

ヤツの最期

それがヤツの最期だった。

もちろん仕留めたのは私だ。幼体であれば薬剤に頼ることなくチリ紙の類で仕留める事ができるし、警戒心が薄い上に逃げ足も対して素早くない。

簡単な仕事であった。

しかしどういうわけか、一仕事終えた後の爽快感のようなものは無く、代わりに悶々とした何かが残った。

冷蔵庫の中に缶ビールが一本残っていた。とりあえず、それを飲むことにしよう。

可愛いヤツ

ヤツを仕留めるまでの数分間、私はヤツを見失わないよう凝視していた。

ヤツは黒一色かと思いきや赤い線のような模様があり、意外とカラフルだ。幼体の特徴だろうか。

警戒感に乏しい足取りと触覚の動かし方には、子供ならではの純粋無垢さすら感じる。あるいは、可愛らしい。

そういったものの命をこの手で奪った訳だ。

寛ぐヤツ

そういえば最近、ツイッターにてヤツの成虫が畳の上で寛いでいる動画を見た。ひっくり返りながら手足でゴマをする様を撮影した、10秒程度の動画だ。

投稿主は「かわいい?」というコメントを付けて投稿していたが、当然その反応は阿鼻叫喚である。この一件で相当数のフォロワーが去ったことだろう。

ちなみに私は「かわいいと評するのは理解できる」という感想を抱いた。

異端だろうか。

相容れないヤツ

どうやら私の中でヤツに対する認識が若干ポジティブなものに変化しつつあるようだ。人類の敵とも云われるヤツに対しこのような心象を抱くのは、正直な所戸惑いを隠せない。

ヤツに理解を示す事ができたとしても、仕留めずに見逃す事はできない。ヤツが不快害虫であることはさて置いても、衛生害虫なのだ。我々と並存することは難しい。

今日は冷蔵庫に缶ビールが無い。

ヤツらには屋外で花の蜜でも吸っていてほしいものだ。

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