私は毎朝、というかそれは起きた次の瞬間を指すのでそれは「朝」とは限らないのだが、コーヒーを淹れて飲んでいる。
コーヒーを淹れるには熱湯、あるいはそれに近い温度の湯が必要となる。私は瞬間湯沸器の類は所有していないため、やかんに水を並々注ぎ、これをガスコンロの火に掛けることで湯を製造する。
この際、音がするのだ。
正しい音とは
湯を沸かす際に音が出ること自体は不思議ではない。
湯を沸かす音なれば、やかんの底から気泡が発生する「ボコボコ」や、注ぎ口から噴き出す蒸気の「シュー」といった音が正解であろう。
ところがどういう訳か、私が湯を沸かす場合は「ギ…ギ…ギ…」という音に始まり、沸騰する頃には「ギギギギギガガガガ」という極めてノイジーな音が出る。
これは湯を沸かす行為に於いて発生しうる音なのだろうか?
正しい音でないのであれば、実は湯を作っているつもりが、何か似た別のものを作っていることになりかねない。
朝の至福の一杯と思っていた液体は実は毒だった、なんていうこともあり得る。何とかしなければ。
叩く
古今東西、音を止めるために叩くという行動は有効である。目覚まし時計は叩けば止まる。泣き叫ぶ子供も叩けば止まる。勿論、子供を叩く行為は自分をぶん殴るに等しいので止めておくべきだが。
やかんは子供ではないのでとりあえず叩いてみることにする。
熱せられた金属部分に手を触れたら火傷を負うのは自明なので、持ち手部分を叩いてみることにした。中身が飛び出すことが無く、かつ音を止めるのに有効であろう強さで、垂直に拳を振るう。
「ゴ!」という打撃音の後、さっきまで発生していたノイジーな音は止まった。これで湯モドキは湯になったのだろうか?
天狗の仕業
正直なところこのノイジーな音は、「気泡が発生する微振動によりやかんの底とコンロがこすれ合う音」だと仮定していた為、「叩いたら音が止まった」という因果に驚きを隠せない。誰がどう見ても真っ当な仮定が否定されたのだ。
そうすると、音の原因は「叩いたら止まる何か」だったという事になるが、これが皆目見当が付かない。
このような理解不能の事象に遭遇した際、先人たちは魑魅魍魎を事象の原因とすることで心の安寧を得てきた。私も先人の知恵に倣い、「やかんで湯を沸かす際に発生するノイジーな音は妖怪の仕業」ということにした。
確かに妖怪の仕業なら叩いたら音が止まる可能性がある。よく分からないが腑に落ち得る結論が得られたので一件落着。
今日もコーヒーは美味しい。