フリーランスは終電を逃すと6kmの行程を徒歩にて帰宅する

その日もパンクロックバンド「THE R.O.X」のリハーサルだった。

多忙なメンバー全員の都合が付くのは平日の21時となり、そうすると、当然リハーサルの終了は23時頃になる。その日はどういう訳かリハ後に「1時間1本勝負」で懇親会が執り行われる事になっていた。

無茶なスケジュールの懇親会ではあったが実のところ効果覿面で、メンバー間の親睦は一層深まった。その代わり、男子は全員終電を逃すという代償を払うことになってしまった訳だが。1時間とは一体何時間だったのだろうか。パンクロックバンドにおいては一般的な時間の概念が通用しないようだ。

歩いて帰ろう

終電を逃した人間に選択肢は2つしか無い。帰るか、帰らないかだ。

更に「帰る」は、「タクシーに乗って帰る」「歩いて帰る」「あの娘の家はオレの家」等に細分化されるのだが、今回は「歩いて帰る」を選択することにした。

因みに最後の選択肢に対する答えは持ち合わせていない。

日付が変わったその日も「ド平日」ではあったが、フリーランスに於いて平日の概念は薄く、睡眠時間の心配は無用。

また社運を掛けたプロジェクトが傾きつつあるため、カネが無い。いや、無くはないのだが、自らを癒したり楽をさせる為に使うカネはない。深夜の魔法により路上の車は全てタクシーに変換されているが、私の目には何も映らない。

そして、親睦を深めるために飲んだビールは約中ジョッキ4杯。アルコール許容量を超えている。平たく言うと「キモいなう」なのだが、これを冷ます為にも徒歩は有効な手段だ。

幸い、傘も手に入った。小雨が降る生憎の天気の中、傘が無かったら徒歩は断念していた可能性がある。

歩いて帰る条件は整っていた。今日は歩いて帰ろう。大して詳しくもない有名な曲のサビが脳内に響く。頭も痛い。

行程ヲ確認ス

某MAPにて自宅までの行程を表示すると、距離は約6 kmで、時間は1時間半ほど掛かるらしい。この某MAPで表示される時間は、歩行速度が平均値より速いであろう私でピッタリの時間となり、重宝している。これを平均的な歩行速度の方々が用いた場合は早歩きを強いられるのだろうか?あるいは、このMAPは使用者の歩行速度を把握しているのだろうか?最近のIoTは油断ならない。

ともかく、1時間半ほど歩けば家に辿り着く、そういうことらしい。一般的なカップラーメンを直列作業で作成した場合に30個ほど完成できる程度の時間である。

30個なら大したことはない。

繁華街を抜けて公園へ

眠らないことで有名なこの街も、ド平日の深夜2時ともなれば閑散としている。人が多いことで有名な交差点にも人が居ない。居るところには居るのだろうが、本日はそのような場所に用は無い。

傘を差しながら北上を続ける。きたかみではない。

左手に24時間営業のカラオケボックスが見えた。ここで数時間を潰せば始発に乗って帰れる。カネもさほど掛からないし、費用対効果は良さそうだ。

しかし、人間というのは歩き出したら止まらない様に設計されているらしく、そんなモヤモヤを抱えながら歩いていたらいつの間にか巨大な公園に差し掛かっていた。

眠らない放送局

流石に真夜中の公園を単独で縦断するのはよろしくない。迂回することにした。

迂回しながら道なりに進むと何故かタクシーの行列に遭遇した。行列は某放送局内の駐車場に続いているようだ。職業柄深夜まで働いている人が多いのだろう。お疲れ様です。

余談だが、IT業界も深夜まで働く社畜が多いことで有名だ。私が街外れの某雑居ビルで24時間体制の仕事をしていた際は、このビルの前に数台のタクシーが並ぶという現象が起きた。目立たない場所にある割に美味しいお客が多いこのビルは、タクシーの運ちゃんにとっては穴場だったらしい。

公園とカップル

そんな過去の栄光を思い出しつつ歩いていると、いつの間にか雨は上がっていた。両手が塞がっているわけでもないのに傘を片手で畳み、そのまま歩き続ける。

右手には未だに公園が続いている。

公園から出てくる中年カップルに遭遇した。こんな時間に徒歩で出てくるということは自宅が近いのだろう。イチャつくなら自宅でやれよ、とは思うが、他人の性癖には口出ししないのが吉だ。見なかったことにする。

道半ば

高速道路の入り口には「歩行者立ち入り禁止」の電光掲示板が煌々と輝く。確かに、酔った勢いがあれば興味本位で入り込みかねない。勿論、私は善良な小市民なので禁忌を犯すような真似はしない。

坂道を登ると脇には見知らぬ駅があった。どうやら線路と立体交差するたに作られた人工的な坂道のようだ。駅には灯りが点いていたが当然人影はない。防犯上の理由だろうか?良く知らない。

道行く景色には飽きないものである。稀にすれ違う人々も壊れたように笑っていたり、濁声で泣きじゃくっていたりと、人間味に溢れている。警察官ともかなりの回数をすれ違ったが、特に声を掛けられるようなことは無かった。無害そうに見えることだけは昔からの取り柄だ。

休憩

飽きもせず疲れもしないのだが、生理現象はどうしても発生する。たまたま目に留まった24時間営業のファーストフード店に入り、アイスコーヒーでも頂きつつ用を足すことに決めた。

店内に入ると「只今清掃中でテイクアウトのみ承っております。」と釘を差された。席は借りられない様子だ。諦めずにお手洗いを借りる交渉をしてみたところ、快諾頂いた。恩に着る。

用を足して戻ると、レジカウンターには酔漢が寄り掛かり、辛うじて人としての尊厳を保とうとしていた。しかし注文する気配はない。

店員も慣れたもので、酔漢を無視して私の注文を先に受け、アイスコーヒーを持ってきた。ガムシロップとミルクは要らない。

再開

アイスコーヒーを片手に帰宅を再開すると、見覚えのある通りに出た。昔常駐していた客先があった場所だ。

見覚えのある通りに出ると新たな発見は著しく少なくなる。歩くことに対する作業感が増す。左足の踵がちょっと痛い事に気づく。靴擦れだ。

新たな発見といえば、この一帯には警官が異様に多いということ位だろうか。一体何を見張っているのだろう。試しに怪訝な目で見つめてみたが反応は無かった。

帰宅

そして無事に帰宅した。自由な時間は終わってしまったが、特に惜しむこともない。自由はいつでも手が届く所にある。わざわざバイクを盗む必要は無い。

それにしてもキモい。寝て起きたら間違いなく二日酔いだ。飲み過ぎに効きそうな常備薬を服用して、さっさと寝よう。

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