我が家の台所の棚の上には、ほのかな悪臭を放つ食物が置いてある。銀杏である。先日、西武デパートの半額セールにて50円で購入したものだ。「何に使うか知らんけど安いから買っておこう」となってしまう値段である。
何に使うかそろそろ決めなければならない。
銀杏ご飯だ
銀杏といえば、そのまま炒ったり素揚げにしたりして塩を振るだけで、日本酒や焼酎によく合う最高のおつまみとなる。初めは銀杏を手持ちの日本酒に合わせておつまみにしてやろうと画策していたのだが、どういう訳か最近は晩酌をしたい欲求が沸いてこない。年末年始のアルコール漬け生活が未だに尾を引いているのだろうか。
そんな状況である為、銀杏をダイレクトに調理しておつまみにする案は却下だ。
しかし、茶碗蒸し等の料理で少量を使うと余りが発生する。食材は一度にまとめて使いきりたい。料理の度に下処理をしたり、保存方法に考えを巡らせるのは手間である。
どうすべきか決めかねて数日が経過した頃、冷凍ご飯のストックが無くなった。そこでふと、銀杏ご飯を作ればご飯不足問題と銀杏余剰問題が同時に解決する事に気がつき、これを作ることを決意する。
銀杏の下処理だ
しかし銀杏の調理など実施したことがない。当然、下処理の方法など知る由もない。
噂では、銀杏を封筒に入れ電子レンジで1分ほど加熱すれば、小爆発により殻も薄皮も綺麗に剥くことができるらしい。その通りにしてみよう。
悪臭に耐えつつ銀杏を封筒に詰め、それをそのまま電子レンジに入れ、1分間の加熱を開始する。特に爆発することなく加熱が終了した。
加熱不足を懸念したが、下手に爆発させると木っ端微塵となり廃棄率が異常値を示す恐れがある。これからご飯と一緒に加熱される事も勘案し、このまま殻剥きを開始することにした。
殻と割るという苦行
さて、爆発させていないので銀杏の殻には全くヒビが入っていない。殻を割る必要がある。
我が家にはナッツクラッカーの類は無い。ペンチならどこかにあるのかもしれないが、その所在は知らない。仕方なくキッチンバサミの持ち手を使って割ることにした。割ることはできるようだ。
4つほど割ったところで、残りの量が全然変化していない事に気がついた。私はとんでもない苦行に足を突っ込んでしまっていたのだ。
全ての銀杏の殻を割った頃には50分が経過していた。米を1時間浸水させている間には下処理が終わるだろうと踏んでいたのだが、これはどう考えても無理だ。この後、さらに時間がかかりそうな薄皮剥きが待っている。
薄皮を剥くという苦行
銀杏は薄皮を剥かなくても食べられるものらしいが、薄皮を剥いたか否かでその見た目は大きく異なる。怪しい茶色の実は、薄皮を剥く事で美しい黄金色の実に変化する。ご飯と一緒に炊き込んだ際にどちらが食欲をそそるかは自明だ。
いくつかの銀杏の薄皮を手で剥いてみたが、実から剥がれる気のない薄皮が多数を占め、その作業は困難を極めた。
これではいつになっても銀杏ご飯が作れない。薄皮を剥いた先人の知恵が必要だ。
先人の知恵について某レシピパッドで問い合わせたところ「ぬるま湯に5分ほど浸すと簡単に剥けます。」との回答を頂戴した。50分の殻割りを経た私にとって、もはや5分など誤差だ。早速、ぬるま湯を作成して薄皮付き銀杏を放り込んだ。
5分後、銀杏の薄皮は驚くほど簡単に剥けるようになっていた。
炊く
ようやくご飯を炊く工程に入れる。
土鍋にお米2合、銀杏、料理酒大さじ2、塩小さじ2、水300ccを入れ、蓋をして強火に掛ける。キッチンタイマーを15分にセットする。蒸気が出てきたら弱火にする。タイマーが鳴ったら火を止め、15分間蒸らす。その間、一切蓋を開けない。
これは我が家の先住人より教わった方法なのだが、自分でも幾度となく実施した結果、すっかり板に付いたものだ。
アクシデント
帰宅した住人より「銀杏ご飯作ったんだー?」と声を掛けられた。どうやら鍋を開けて中身を確認した様子だ。キッチンタイマーは残り3分を示していた。
私は思わず「まじかよ」と毒突いてしまった。
食す
ともかく、ようやく銀杏ご飯が完成した。見た目には白と金で美しい限りである。美味しいに違いない。
早速一口食べてみたところ「しょっぱい」という感想が生まれた。しょっぱい。米や銀杏の甘みを引き立てらないしょっぱさである。これをおかずに白飯が食べれらるレベルのしょっぱさである。
塩の量はレシピ通りなのだが、レシピの造り主は辛党だったのだろうか。あるいは、小さじと間違えて別のさじを使ってしまったのだろうか。
ともかく、塩加減が全てを台無しにしてしまった。蒸らし時間が3分不足したことなど誤差だ。先の住人においては完全に毒突かれ損だ。
失敗
苦行の果ての失敗は身に染みる。
失敗は成功の母とは言うが、成功する前に少なくとも2食分のしょっぱい銀杏ご飯を食べなければならない。つらい。