フリーランスがインフルエンザを患った結果 中編

(前編からの続きです。)

2月12日(金) 12時

いつも通り12時に起床した。全く回復しない体調にうんざりした。体温は37度台まで落ち着いたものの、特に体が楽になったということはない。相変わらず最悪である。

ほぼ2日間寝て過ごしていたのに全く良くならない。流石に医者に行くことを決意した。

医者はあまり好きではない。いや、好き嫌いの問題ではなく、あまり当てにしていない言う方が正確だろうか。医者の処置は対処療法でしかなく、結局のところ頼れるのは自身の免疫力でしかない、という迷信、あるいは民間療法の類を信仰しているのだ。病を治すには食って寝るしかないのだ。

もちろん、重病の場合は四の五の言ってないで医者に対処して頂く。迷信を盲信して自滅する程愚かではない。その辺りのバランス感覚は、多分、自転車を乗りながら身につけた。

とにかく、もう対処療法でも何でも良いので、動けるようになりたかった。私は重病人である、ということにする。

2月12日(金) 15時

予約した病院に到着した。

本当は自宅から徒歩5分圏内にある最寄りの病院に行こうとしていたのだが、午後の診察が19時からという、残業アリの会社員をメインターゲットに設定した営業をしている為、一刻も早く医者に行きたかった私は断念せざるを得なかった。

仕方なくインターネットで病院を探すと、徒歩8分程度の場所に最近開院した病院があるらしいことに気づく。Webサイトから予約が出来る。便利だ。予約表を見る限り混んでいなさそうだし、数クリックとキータイプ少々で予約を完了させた。楽ちんだ。楽だと思っているのは若者、それもパソコンに強い種族だけだろう。*1

流石は最近出来た病院である。院内は綺麗で、客層も心なしか若く、各種什器は最新型である。DVDプレイヤーが接続された、恐らく40型以上はある液晶テレビの中では、擬人化されたウイルスと擬人化された菓子パンがいがみ合っていた。

とりあえず受付を済ませ、問診票と体温計を頂いた。ソファに腰掛けて体温を計りつつ、問診票を埋める作業に没頭する。

熱は…今計ってる。あとで。
悪寒、アリ。え、5段階表記?3くらいにしとくか…。
咳、アリ。いつ出るか?いつ出てるんだっけ?あ出た。常に。
痰、アリ。色?覚えてない。
頭痛、ナシ。

正常時に比べて回転の鈍い頭をぐるぐる回していると、予想外に早く、体温計がビープ音を発した。計測に失敗したのだろうか、と思って液晶を見ると、38度前半。朝(昼)より上がっている。計測は成功しているようだ。量産型よりも3倍早く計測できるなら、ボディを朱塗りにしておいてほしい。

問診票と体温計をマスクをしていても美人と分かる看護婦さんに返却し、また元のソファに腰掛けた。診察の順番が来るまで暇である。現代人らしくケータイでも弄ろうかと考えたが、病院内で電波を発する装置を利用するのは好ましくないと一般に考えられている為、やめた。無用な争いの種は撒かない。

擬人化されたウイルスと菓子パンは相変わらずいがみ合っていた。

擬人化といっても、美少女でも美少年でもない。彼らをモチーフにしてソーシャルゲームを作成したところで、重課金する人は居ないだろう。

そういえば、拐われたうなこちゃん*2 は見つかったのだろうか。未だにどこかで拉致監禁されているのだろうか。*3

2月12日(金) 15時過ぎ 診察室にて

液晶掲示板が診察順が来たことを通知した。

3番の診察室に入ると、恐らく妙齢の女医さんが挨拶してくれた。女医さんは問診票に目を通し「インフルエンザの疑いがあるけど検査しますか?」と私に尋ねる。

インフルエンザ?流石にそれは無い。やるだけ無駄だろう、と思い、

「はい。」

と返事をした。断るのが面倒だったのだろうか。

検査は鼻の奥に大きめの綿棒を差し込む、というものらしい。痛そうである。正直なところ痛いのは嫌だ。嫌なのだが「はい。」と言ってしまった以上はやるしかない。

顔を上に向けろ、体は横に向け、くしゃみに備えて口をちり紙で覆え、等の面倒な注文をこなしつつ、綿棒が鼻腔に挿入された。多少不快ではあったものの、痛みは無かった。助かった。水泳の授業等で、息継ぎに失敗するなどして鼻に水が入ると「ツーン」とすると思うのだが、あれの一歩手前くらいの感覚だった。

検査結果が出るには10分程度かかるそうだ。私はまた待合室に戻り、さっきと同じソファに腰掛けた。

2月12日(金) 15時半頃 待合室にて

擬人化されたウイルスと菓子パンは相変わらずいがみ合っていた。

だが、どうやら同じ内容でいがみ合っている訳ではないらしい。さっきは居なかった赤ちゃんを擬人化したゆるキャラが、擬人ウイルスを相手にジャイアントスウィングを決めている。なかなかの業前だ。

それにしても、人間を擬人化するとは一体どういうことなのか。人間は人間を超越してしまったが故に、あえて擬人化することで人間へと復元する必要があるのだろうか。あるいは人に成る、即ち成人までは人として見なされないが故に擬人化が可能なのだろうか。

この問いへの答えを10分で導き出すのは難しかった。

2月12日(金) 15時40分頃 診察室にて

「インフルエンザのA型に陽性でした。」

正直、吃驚した、と同時に安堵した。インフルエンザなら体調不良が長引くのが普通であるし、この国の住人はインフルエンザの患者に寛容だ。今後数日間は人と会う予定をキャンセルすることになるだろうが、「インフルエンザなら仕方ない」と納得して頂けるだろう。これが風邪とかぽんぽんぺいん*4 だと「実はサボってんじゃねーの?」と勘ぐられたりするのである。世知辛い。*5

「発症から数日経っているので、特効薬は効果が薄いと思います。対処療法でお薬を出しますね。」

後で調べて判ったことだが、インフルエンザの特効薬はウイルスの増殖を抑制するものであるため、発症後数日が経ち、ウイルスが充分に繁殖した後では効果が無いらしい。つまり、風邪だと思った瞬間にインフルエンザを疑って医者に行くべきであったのだが、免疫力バンザイでインフルエンザがアウトオブ脳な私は完全に初動を見誤ったのである。

ちなみにこの時は、「了解である。何でも良いので楽になるお薬をください。」くらいの小並な感想しか浮かばなかった。

2月12日(金) 16時頃 薬局にて

事務的に会計を済ませ処方箋を受け取ると、最寄りの薬局に向かった。

薬局も出来てから日が浅いようで、最新鋭の設備が揃っていた。処方箋を渡し、液晶タッチパネルで携帯電話番号を入力すると、自分の順番が来た時に呼び出してくれるそうだ。とりあえずそれに従って電話番号を入力し、番号が書かれた紙を受け取った。「現在の番号」と見比べてみると、私の前に5人ほど待ち人がいるようだ。

しばらく時間が掛かりそうな雰囲気だったが、一旦家に帰るのも大変だし、薬局内で待つことにした。健常者なら待ち時間で買い物に出かけたり、本屋で立ち読みしたりするのだろうが、今日の私にとってそれらは大変に大変な作業である。電池が切れたように座っていたい。

給茶機から温かいほうじ茶を頂戴し、スツールに腰掛ける。

ほうじ茶を啜る。五臓六腑に染み渡る。

そうか、インフルエンザか。前回罹ったのはいつだっただろうか。

記憶に無い。

記憶に無いのだが、40度位は熱が出たような気がする。「インフルエンザ = 高熱」という方程式が頭の中で出来上がっていたのだが、それが間違いであることが我が身をもって証明されてしまった。

とりあえず明日のミーティングについて欠席の連絡を入れることにした。送信すると直ぐに、「お大事に。一人暮らしで倒れる辛さは知っているので、いつでも助けに行くよ。」との返事が来た。さすが社長の器である。「一応動けるから大丈夫。やばくなったら遠慮なく呼びます。」と、お言葉に甘えた返信をする。

たまたまかも知れないが、フリーランス界隈には互助の精神を身につけた人物が多い気がしている。会社員と違い生命線となる場所が無いので、関わる人々とwin-winの関係を築けないと生きにくい。そういう社会だから自然とそうなるのだろうか。

まだまだ時間が掛かりそうな雰囲気だ。スマホに向かって「インフルエンザなう。」と呟いてみたが、特に反応は無かった。パズドラをプレイしてみたが、指も頭も動作精度が低く、直ぐにゲームオーバーとなった。大人しく自身の電源を切ることにした。

2月12日(金) 16時20分頃 薬局にて

ようやく私の名前が呼ばれた。しかし、携帯電話に通知は来なかった。声を掛けても反応がない場合に電話を掛けているのだろうか。デジタルな外観とは裏腹に、意外と手作業で業務を回しているのだろうか。運用で回避*6 という奴なのだろうか。

薬剤師さんから懇切丁寧に薬の説明を受ける。悪寒や倦怠感を取る目的で葛根湯も処方されたのだが、これは食後に服用してくださいとのことだ。

私の知っている葛根湯と違う。

市販の葛根湯には食前 or 食間に服用と書いてあった気がするのだが、市販のものより強力な葛根湯なのだろうか。質問するのも億劫だ。

事務的に会計を済ませ、薬とお薬手帳のシールを頂く。この薬を飲めばきっと楽になるはずだ。一刻も早く薬を服用して寝たかったが、帰宅する前にもう一仕事しなければならない。買い出しだ。

2月12日(金) 16時半頃 スーパーにて

調理不要で食べられるものが無い。現在、我が家が抱えている問題だ。これを解決するには買い出しに出かけるのが手っ取り早い。

セール中の精肉に手が出そうになるのをグッとこらえつつ、直ぐに可食状態にできて栄養価の高い食品を探す。しかし、全く思いつかない。思うように探せない。インフルエンザにより思考が淀んでいるというのもあるが、それ以上に、普段そういったものを買わないから知らないのだ。自炊をしているが故に得られない知識もあるようだ。

とりあえず、蜜柑は買っておこう。セール中のチーズプリンも買っておこう。食パンも焼けばOKだし買っておこう。肉まんあんまんセットもレンチンだけで行けるな。あとは今日のご飯用に200円引きになってるカツ丼でも買ってくか。

かなり糖質に偏った編成なのだが、当時はこれが思考の限界だった。今ならもっと買っておいた方が良かった物がいくらでも思い付く。例えば野菜ジュースとか、野菜スープとか、ベビーチーズとか、何なら魚肉ソーセージとかも。

緩慢な手つきで、後ろに並んでいる人を苛立たせながらも会計を済ませ、家路につく。

2月12日(金) 17時頃 帰宅

早速カツ丼を食したのだが、病人には重すぎたようで胃がもたれる。処方して頂いた薬群を服用し、さっさと寝ることにした。

布団に潜ると、疲れているためかすぐに眠くなった。

 

(後編に続く。)

 

*1 私が若者だと言いたい訳ではありません、と付け加えておく。念のため。
*2 菓子パンマンの作者がデザインした、さいたま市浦和区のマスコットキャラクター。
*3 2015年11月、別所沼公園に設置されたうなこ像が盗まれる。今のところ見つかったという話は聞いていない。
*4 腹痛の愛称。苦痛な現象とは裏腹な、リズミカルでキュートな語感。発生から数年経つにも関わらず根強い人気がある単語。
*5 所謂、被害妄想である。
*6 多分SIerの用語。何らかの事情によりシステム化出来なかった業務を、仕方なく手作業で運用する様を指す。酷いシステムだと全ての業務を「運用で回避」したりするらしい。

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